中堅企業にとっての移転価格税制と寄付金課税

~小規模取引への調査・課税の増加と課税リスクのポイント~

GMT移転価格税理士事務所 代表パートナー

田島 宏一

 

移転価格課税の対象が中堅企業・小・中型取引にシフト

 

「移転価格税制」というと、新聞報道などで数百億円から1千億円を超えるような大規模の更正所得金額を目にすることが多かったためか、海外子会社の売上高がまだそれほど大きくない企業の税務担当者様からは「うちはまだ移転価格調査が入る規模ではないですよ」というお声を耳にすることがあります。また、「我が社の税務調査は税務署管轄だから、国税局から移転価格調査される予定は無いですよ」というお話をされる税務担当者様もいらっしゃいます。しかし、果たして本当に大丈夫なのでしょうか。

 

これまで移転価格についての税務調査は、主に国税局内の専門チームにより行われてきており、税務当局の人員も限られることから、その課税対象は数百億円以上の大型取引が中心となっていたように思われます。しかし、この10年の間にそのような大型の取引への課税も概ね一巡した感があり、また大企業としても移転価格課税による課税金額のインパクトの大きさを認識し、ここ数年で移転価格税制に即した所得配分を行う体制を整えてきたように思われます。そのため近年の移転価格課税の対象は、数千万円~数十億円規模の取引を行う中堅企業にシフトしてきている傾向がみられます。実際に、過去10年あまりの移転価格課税の件数と課税金額の推移を見ると、課税件数は右肩上がりに増加傾向にありますが、課税金額は平成17年をピークに低下傾向にあります。課税金額を課税件数で割り返した1件当たりの平均課税金額も、平成19年ごろまでは10億円~20億円程度でしたが、平成20年以降は2億円~4億円程度となっています。新聞報道でも見られるとおり各年度、追徴税額が100億円を超える事案もあることから、そのような大型の課税事案を除いて計算すれば1件あたりの課税金額はさらに小さいものと考えられます。

移転価格と寄付金課税

また移転価格についての税務調査は、これまで国税局の専門チームが中心となっていましたが、近年では比較的規模の大きい税務署にも移転価格の専門官は置かれており、その税務署の移転家格専門官が他の複数の税務署の移転価格調査のサポートも行っているため、税務署レベルでの移転価格調査が多くなっているようです。実際に中堅規模の企業様から、税務署による移転価格調査への対応の依頼を受けるケースも過去と比べて多くなったように思われます。

 

移転価格税制は税法であり、海外子会社との取引規模の大小にかかわらず、違反した場合には追徴課税を受ける対象となり、海外取引の規模が小さいからといって課税を受けないということはありません。移転価格に関する調査・課税の対象が小型化している現状においては、特に留意が必要と考えられます。また、小規模取引については、後述する寄附金として課税処理されるリスクも高いため、海外子会社との取引について適正な価格設定を行っていくことは、グローバル企業にとって必須の事項であると言えます。

 

海外子会社との取引に対する課税は「移転価格税制」だけではない

 

海外子会社との取引に対する課税というと一般的には移転価格税制を思い浮かべることと思われますが、実際には海外への移転所得を「寄附金」として課税をされるケースも多くなっています。これは、例えば役務提供対価の回収漏れの場合、移転価格税制の観点からすると海外子会社への「所得の移転」として課税されますが、同様に役務提供対価の回収漏れの部分を海外子会社に利益を供与した「寄附行為」とみなして課税される場合もあるということです。両方とも取引価格の設定の誤りに起因するもので理屈は同じであり、同一の取引について移転価格課税を受ける場合もあれば寄附金として課税処理されることもあり得ます。寄附金として課税された場合においても、移転価格課税の場合と同様に、海外子会社所在国では自動的に納税額の還付を受けることはできないため、追徴課税された分については二重課税状態となります。経験則から申し上げますと、一般の法人税調査の中で海外子会社との取引について課税を行う場合には寄附金として処理するケースが多いように思われます。

 

つまり、移転価格の専門官が調査に来なければ課税されないという訳ではなく、一般の法人税調査においても、海外子会社に所得が多く配分されていれば、それを「寄附」として課税される可能性も十分にあるため、中堅企業においてもグループ間の所得配分を適正に管理していかなくてはなりません。海外子会社との取引価格の設定に関して移転価格税制と寄附金課税の考え方は概ね一致しておりますので、海外子会社との取引価格を移転価格税制に即して設定していけば、両者の問題は解決に向かうものと思われます。

 

寄附金課税を受けやすいケース

 上述のとおり、特に中小・中堅企業においては、一般の法人税調査の中で行われる可能性の高い「寄附金」課税について注意する必要があると思われます。実際の調査で課税されるケースとしては、回収すべき対価を全く回収していないようなケースが考えられます。例えば、製造子会社への技術供与対するロイヤリティを受け取っていない場合や、海外子会社への本社サービスに対する役務提供対価、出張・出向に係る対価等を受け取っていない場合などです。海外子会社に部品や半製品を輸出するような物の取引では対価を回収していないケースは少ないものと思われますが、役務提供の対価や無形資産の供与に係るロイヤリティを回収していないケースは比較的多いように思われます。移転価格税制上の無形資産の定義は非常に広く設定されており、特許や技術だけではなく、海外子会社が高い利益を生むためのノウハウやブランド・商標、さらに、海外子会社の販売先のほとんどが日系企業である場合などはその顧客リストもロイヤリティを回収すべき無形資産の範疇になりうるため注意が必要です。

 

実務上は、取引量や金額的に大きくない取引について煩雑さを理由に対価設定を怠っているケースや、低税率の新興国に子会社がある場合などに厳密な対価設定を怠っているケースもあるものと考えられます。また、そもそも対価を回収しないことに問題があるということを認識していないケースも多いように思われます。

 

このように、何らかの無形資産の供与や役務の提供があるのに、それに対する対価を得ていない場合、利益の供与という性格が強く感じられ「寄附行為」として課税処理されやすいものと考えられます。なお、無形資産の供与や役務提供の対価を、それ以外の取引(棚卸資産の販売等)の中で対価回収していると説明される企業もありますが、原則としては移転価格税制も寄附金課税も取引単位で検証されることとなりますので、総合的に対価を回収していると言っても認められない可能性があるので注意が必要です。また、寄附金課税を受けてしまった場合、寄附金課税は国内法上の問題であるということから、租税条約に基づく相互協議を行うことが難しいという問題があり、寄附金課税を受けると移転価格課税に比べて二重課税の解消は困難になるということを認識しておいた方がよいものと思われます。

 

中堅企業の移転価格調査対応

 

移転価格に関する税務調査が行われる場合、非常に多くの資料の提出と、相当数のミーティングによる対応が求められます。また期間としても、半年から長い場合2年以上に及ぶケースもあります。人材に余裕のある大企業においては、移転価格対応専任の人員を配置することもできますが、特に経理部門の人員の少ない中堅企業においては、日々の経理業務がある中で移転価格調査に対応していくことは困難となります。事前の準備が何も無い場合、調査が進行する期間中に資料の作成や準備をしていかなくてはならず、十分な対応ができないことも予想されます。特に繁忙期等の場合、税務当局も会社の事情を多少加味してはくれますが、あまりに対応が不十分であると納税者の主張が十分に聞き入れられないまま課税に至ってしまうことも想定されます。人員の限られる中堅企業においては、税務調査が始まってからの負担が重くならないよう、事前に提出資料の準備、納税者として自社の所得配分が適正であることの説明の準備をしておくことが重要です。

 

移転価格・寄附金課税を受けないための対応

 

上述の通り、特に中小・中堅企業にとっては、移転価格・寄附金課税を受けないように事前に対策をとっておくことが非常に重要です。また移転価格の問題は、グループ会社間の所得配分をどうするかという問題であるため、経理担当者だけではなく、マネジメントを含め全社的にその制度を理解して対応していく必要があります。また、税務申告を行う顧問税理士も、納税者が突然多額の課税を受けないよう、注意喚起していくべきであると思われます。

 

 移転価格整備のきっかけとして、平成22年度の税制改正から、いわゆる「移転価格文書化」というものが注目され始めました。これは、税務調査の際に提出を求められる資料を明確化したもので、大まかには①企業の海外子会社の活動内容や親会社との取引内容を示す書類と、②企業の海外子会社との取引価格の設定方法(移転価格算定方法)及びその分析結果を示す書類を準備しておくことが求められています。なお、この移転価格文書化は、準備していない場合にそれだけをもって課税されるというものではなく、また、準備しているからといって課税を受けないというものでもありません。あくまで、移転価格課税・寄附金課税を受けるか否かは、適正な対価設定・所得配分を行っているか否かの問題であり、ただ単に文書を用意しているか否かの問題ではありません。重要なのは、文書を準備するプロセスの中で、自社の移転価格を再認識し、移転価格税制に即した対価設定を行う努力をしていくことです。例えば、現状何も移転価格対応を行っていないという企業は、海外子会社との取引に係る損益状況すら把握していないケースも多々あります。移転価格文書化を行う場合、そのような自社の管理体制を見直すきっかけともなり、分析の結果、自社グループの所得配分に問題があると気がつくきっかけにもなります。まずは移転価格税制に対する見識を深め、自社の移転価格を見つめ直すことが重要だと考えられます。