知的財産をめぐる国際課税 パテントボックスと移転価格税制

攻防最前線(中)知的財産が天王山に(Taxウオーズ)

2013/09/02 日本経済新聞 朝刊

「オランダは国際課税面で優位にある」。5月中旬、東京都内の同国大使館で開いた企業誘致セミナー。会議室に用意された約30席は、大使館側の説明に聞き入る日本企業関係者で満席だった。


焦燥から「進化」
 オランダの法人税率は25%。日本より10ポイント超低いが、企業の関心は別の税制優遇策にあった。特許権など知的財産から生まれる利益には、通常の法人税率より低い税率(5%)を適用するイノベーションボックス税制(パテントボックス)だ。


 トマトケチャップで有名な米食品大手HJハインツ。4月にオランダ南東部のナイメーヘン市に米国外で最大の研究開発センターを開いた。「研究開発で最先端を行く魅力的な地域」(同社幹部)だったことに加え、他国と比べ手厚いパテントボックスが進出決定の要因となった。
 2001年にフランスが導入し瞬く間に欧州各国に広がったパテントボックス。その経緯は成長と財政のバランスに悩む各国の焦燥を映す。


 企業に選ばれる国になろうと、主要国は00年代に法人税率下げを競った。大手会計事務所KPMGによると、先進国の平均法人税率は06年の27・67%から12年には25・15%に低下した。


 雇用や富の創出につながる企業は誘致したいが、減税競争に歯止めが利かなくなる。そんな各国の焦燥が法人減税の“進化”を促し、未来の税収を左右する知的財産だけを優遇するパテントボックスが生まれた。


 反発は小さくない。「パテントボックスは有害な税制だ」。先進34カ国でつくる経済協力開発機構(OECD)では一部の国からこんな批判が出始めた。これまで「有害税制」としてやり玉に挙がってきたのは、OECDに加盟しないタックスヘイブン(租税回避地)が低税率で金融資産を集める動きが大半だった。OECD加盟国自らが手掛けるパテントボックスへの批判は、有害税制を巡る議論が根底から変質し始めたことを意味する。


 日本も無縁ではいられない。「欧州発の新潮流は必ずアジアに来る。乗り遅れれば日本から研究開発拠点が流出する」(経団連幹部)。日本政府も6月、パテントボックスの海外事例を調査すると決めた。


移転価格」でも
 企業誘致を巡る国同士のせめぎ合いの焦点に浮上した知的財産。国際課税の新潮流は、国と企業の税を巡る足元の攻防にも波及している。


 8月20日、精密大手HOYAは法人課税を巡り、東京国税不服審判所に審査を請求した。発端は、6月末に東京国税局が同社に指摘した約200億円の申告漏れだ。


 日本本社が東南アジア子会社に支払っている製造技術の使用料。「東南アジアの子会社が完成させた技術で、使用料を払うのは当然だ」とするHOYAに、東京国税局は「本来は日本本社が持つべき製造技術だ」と主張。国内の事業所得を低税率の東南アジア各国に移しグループの税負担を減らす狙いとみて、33億円の追徴課税処分を下した。


 低税率の海外子会社に利益を移したとみなし親会社に追徴課税する移転価格税制は、部品などの取引価格が適正かがこれまでの焦点だった。HOYAのケースは、同税制の焦点が知的財産や技術のような無形資産に移っていることを象徴する。


 富の源泉である知的財産を囲い込みたい国同士のせめぎ合い。そのはざまで最適な税務戦略を探る企業。国際課税を巡る攻防は混迷している。