移転価格課税による国際的な二重課税は今後も増加予測

攻防最前線(下)二重課税、トラブル頻発(Taxウオーズ)

2013/09/03 日本経済新聞 朝刊

「ずいぶんと乱暴な処分だ」。自動車部品大手、武蔵精密工業経理部長の辻佳伸は、太平洋をまたぐ国際税務トラブルに頭を悩ます。


「行き過ぎ」の声
 ことの発端は、1997年に設立したカナダ製造子会社の税務処理だ。カナダ当局は2011年末、それまでの課税判断を変え、日本の本社に支払っているロイヤルティー(権利使用料)を経費として計上することは一切認めないと同子会社に通告。約5億6000万円の更正処分を下した。


 だが、愛知県豊橋市にある日本の本社はカナダ子会社からのロイヤルティー収入に応じた法人税を日本で納付している。「二重課税だ」。同社の申し立てを受け昨年10月に両国税務当局の相互協議が始まったが、会合は半年に1回のペース。事態解決は遠い。


 企業や個人の所得に複数の国が税金をかける二重課税のリスクが高まっている。アーンスト・アンド・ヤングが各国税務当局40人超に実施した調査では、約65%の担当者が「二重課税の発生は今後増える」との見通しを示した。


 08年のリーマン・ショック後、主要国の財政は急速に悪化した。低成長が続き税収が増えないのに社会保障を中心とする歳出は減らない。課税漏れ防止策の国際指針を作ることで合意した主要国。「財政悪化を食い止めようと、企業や富裕層への徴税を手当たり次第強化している」(大手化学メーカー幹部)との見方が根強い。


 世界の税制の進化がはらむ副作用も見逃せない。企業誘致を狙った法人税引き下げ競争で先行する欧州各国の法人税率は13年に平均20%まで下がり、上昇傾向の間接税(消費税)率の平均と並んだ。一般市民が負担する個人所得税率に至っては30%台と高止まりしたままだ。


 「庶民の負担が増しているのに税逃れの企業を放置するのか」。こんな不満が世界中にまん延し、各国の政治リーダーも無視できない情勢になってきた。英国で行き過ぎた節税への批判を受け、2千万ポンドの法的根拠のない“法人税”支払いに追い込まれた米スターバックス。法人税率が下がった分、思わぬ課税リスクに直面した形だ。


焦点はアジア
 日本にとっての焦点はアジアだ。「ベトナムに入国していない人でも我が国の建設プロジェクトに関わった方からは所得税を頂きます」。大手ゼネコン(総合建設会社)の財務担当者は最近、ベトナム税務当局からのこんな通告に耳を疑った。


 国際課税の事実上の標準である経済協力開発機構(OECD)の指針に従えば、実際に入国していない人の勤労所得への課税はあり得ない。だが、大半のアジア新興国はOECDに加盟しておらず、国際課税のこれまでの常識がなかなか通用しない。


 中国でも、外資系企業の利益を過大に見積もり、追加納税を企業に迫るケースが出ている。KPMG税理士法人の堀口大介は「新興国での税務トラブルに備えて引当金を積む米企業も出ている」と指摘する。


 OECDの国際ルール作りには、非加盟国の中国やインドなども入り、主導権争いが始まる。財務省幹部は「日本に有利な意見を盛り込みたい」と躍起だが、国同士の綱引きが迷走すれば、企業や個人の経済活動に思わぬ影響を与えかねない雲行きだ。


 時代の変化が生んだTaxウオーズ。攻防の終着点はまだ見えそうにない。