電子商取引の扱いに課題 移転価格所得配分の決定困難

2013/09/19 日本経済新聞 朝刊

電子商取引の扱いに課題 所得配分の決定困難 新興国との調整が重要に


ポイント
○多国籍企業の課税回避に各国の協調が必要
○伝統的ルールの考え方に困難な課題が山積
○日本企業もルール改定に毅然と意見表明を


 経済のグローバル化の中で、国家間の課税権配分を規律してきた既存ルールが抜本的な見直しを求められている。経済協力開発機構(OECD)が7月19日に公表した「税源浸食と利益移転(BEPS)行動計画」は、多国籍企業による行き過ぎた課税回避に対して、各国当局の協調した取り組みを目指したものである。そこでは、15項目にわたって各国国内法や条約の間隙を利用した課税回避への対処を取り扱っている。


 その作業は、従来の国際課税の伝統的ルールの抜本的な見直しにつながる可能性を秘めている。国際課税の伝統的ルールについては、BEPSプロジェクト以前からすでに制度疲労が懸念され、各ステークホルダー(利害関係者)の立場から改正の必要性が議論されてきた。
 以下では、BEPSに至る経緯を概観して我が国にとっての課題を明確にしたうえで、最後に日本企業や日本政府はどのように対応すべきかを考察する。


 もともと通商・金融などの分野と異なり、国際取引に関する課税に影響を及ぼす多国間条約は例外的にしか存在しない。二重課税の負担を軽減して投資・貿易を促進しながら国家間の課税権を調整する二国間の租税条約は、基本的に締約国の利害関係を反映した個別交渉によって、いわば政治的判断を経て締結されてきた。


 二国間租税条約の枠組みについての国際協調は、1920年代の国際連盟におけるモデル租税条約の起草に始まり、第2次大戦後はOECDによってモデル租税条約が改定されている。それに準拠した租税条約ネットワークが形成され、条約および各国の国内法を支配する「国際課税原則」とも称される体系ができあがった。


 その中核に位置するものが(1)企業の本社所在地国の課税権を尊重した課税権配分と二重課税調整(全世界所得主義)(2)事業活動から生まれる付加価値に対する課税権配分を、企業活動の拠点となる現地工場などの物理的施設が存在するか否かで決める考え方(恒久的施設=PE=帰属主義)(3)本社と海外子会社との取引など関連者間所得を配分する際に、独立企業同士の取引価格を前提とする考え方(独立企業原則)の3点である。


 これらはグローバル化の進展による多様な試練に生き抜いてきた強固な原則であったが、昨今は従来にない困難な課題をつきつけられている。


 まず、全世界所得主義の下でも、事業活動の現地(源泉地)での成果である子会社からの配当に対して源泉地で課税し、本社の所在国では課税しない「領域主義的二重課税排除措置」が普及してきた。多国籍企業が国際的なサプライチェーン(供給網)マネジメントの効率化で競争している現在、グループ全体としての利益は各拠点に割り当てられた機能の貢献の集約として生み出されている。課税所得配分の公平性を付加価値ベースで検証すべきだとする最近の税制ポリシーによって、本社所在地の課税権に重点を置いた伝統的理念はチャレンジを受けている。


 PE帰属主義は、現地に工場など一定の物理的施設をもち、一定の滞在期間が経過するまでは、市場における利潤獲得活動前の準備的段階とみなし、その段階では源泉地国の課税権はないという考え方が背景となっている。そしてこれまでは厳格な物理的施設の枠を超えて、建設工事現場や代理人なども対象に加えたり、解釈を柔軟化したりして、グローバルビジネスの変化に一定程度対応してきた。


 しかし、ハイテク技術者などの専門家による短期完結の高価な役務提供や、消費者のパソコンに直接提供される電子商取引など、物理的施設を介さない国際取引の拡大は、課税権配分結果の不公正さを浮き彫りにしつつあるともいえる。


 さらに、親子会社間の移転価格のみならず、本支店間取引にも適用されてきた独立企業原則も、長い間その困難さと直面してきた。国境を越えて分割対象とすべきグループの超過収益は、主として特許や商標などユニークな無形資産の貢献によるものであるが、そのような無形資産には第三者間の取引市場はなく、独立企業原則による所得配分の決定には大きな困難が伴う。現在もBEPSと並行してOECDで無形資産の定義や課税手法に関する見直しプロジェクトが進行中だ。


 これまでサプライチェーン構築過程における無形資産の共同開発・利用については、費用分担契約による所得配分など「OECD移転価格ガイドライン」が一定の処方箋を提供してきた。だがBEPSプロジェクトで指摘しているように、多国籍企業の低税率地への不当な無形資産移転を抑止するには限界がある。米国では当局の訴訟敗北を受けて財務省規則を強化改定するなど、その対応は後追いを余儀なくされている。


 欧州連合(EU)が域内グループ法人への適用を提案している「共通統合法人税課税ベース」指令案では、資産・人件費・売上高によって定式配分する方式を採用しており、独立企業原則に対する代替案として注目を集めている。


 今や、こうしたルール見直しはOECD加盟国間のリーダーシップのみで決定できる状況にはない。源泉地国課税権について大きな利害をもつ新興国を巻き込まなければ政策協調の実は結ばない。


 11年に刊行された改訂国連モデル条約(途上国・先進国間の租税条約のモデル)では、源泉地国の課税権をOECDモデル条約よりも強化する条項(より広範なPE概念、自由職業所得課税条項の独立、使用料の源泉地課税権の承認など)が維持された。さらに、同モデルの下での移転価格マニュアルでは、製造コストや市場規制など源泉地国市場の特殊性に起因する超過収益の帰属を主張する新興国の独自の見解を「国別実施例」として紹介している。課税権配分方針で実質的な対立が残る先進国と新興国との政策協調は、粘り強い折衝が必要とされよう。


 最後に、このような国際課税ルールの見直し動向に対し、我が国当局および我が国納税者がいかに対応すべきかについて提言したい。


 BEPSで指摘しているような多国籍企業の過激な課税回避は、目下のところ日本企業にはあまりないように見える。しかし、移転価格税制やタックスヘイブン(租税回避地)税制など、国内規定の課題はBEPSプロジェクトの一部を構成している。加えて、本邦企業の主要進出先であるアジアの新興国における課税強化の動きを考慮すると、新興国を巻き込んだ合意形成の最大の受益者は我が国であるともいえる。


 財務省の浅川雅嗣総括審議官がOECD租税委員会議長を務める我が国には、欧米と新興国との調整役としての役割も期待されよう。欧米諸国との間で国際課税制度について、現在の新興国と同様の立場を70~90年代に経験した我が国は、利害調整役として適任と考える。


 ルール改定に際しては、日本企業もステークホルダーとして幅広く各論にコメントし意見を反映させるべきである。一部の行儀の悪い多国籍企業への対応のため、多くの善良な多国籍企業に比例原則に見合わない負担(移転価格の過大な情報申告義務など)を求めることには経団連などを通じて毅然とした意見表明をすべきであろう。各社ベースで取り組む税務訴訟分野のみならず、産業界全体として取り組む税制立法分野においても、日本の多国籍企業の機能強化は不可欠である。